大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ソ)10号 決定

抗告人 甲野花子

抗告人代理人弁護士 西山司朗

相手方 新日本カードサービス株式会社

右代表者代表取締役 小林義弘

相手方代理人弁護士 高芝利仁

主文

一  原決定を取り消す

二  本件を高松簡易裁判所に移送する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、主文第一、第二項同旨及び「抗告費用は相手方の負担とする。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙一及び二のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  東京簡易裁判所の管轄権の有無

一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  相手方は、クレジットカード会員契約を締結した会員に対する物品購入代金等の立替払その他のサービス提供を業とする会社であるが、株式会社ジェーシービー(以下「ジェーシービー」という。)と共に抗告人との間で、新日本レディースカード会員契約(以下「本件クレジットカード契約」という。)を締結して、抗告人の申込みに基づきジェーシービーギフトカード合計二七万五〇〇〇円相当を抗告人方に発送したにもかかわらず、抗告人が右購入代金等の支払をしなかったとして、抗告人に対し右購入代金等の支払を求める本件訴訟(東京簡易裁判所平成元年ハ第二一五七号販売代金等請求事件)を提起した。

(二)  抗告人は、本件クレジットカード契約に使用された新日本レディースカード入会申込書(以下「本件入会申込書」という。)に署名・捺印しているところ、本件入会申込書の表面には、最上部左側に「新日本JCBレディースカード入会申込書」との標題が、その下側に「新日本カードサービス株式会社御中」及び「株式会社ジェーシービー御中」との宛先がそれぞれ印刷されており、また、裏面には「会員規約(レディスカード)」という標題に続いて二八条に及ぶ契約条項が印刷されているが、その第二五条には、(業務委託)として、「会員は、相手方が代金決済事務その他の事務等をジェーシービーに業務委託することに予め同意するものとします。」との文言が、第二六条には、(管轄裁判所)として、「会員は会員と相手方又はジェーシービーとの諸契約に関する訴訟についての管轄裁判所を相手方又はジェーシービーの本社、支店、営業所の所在地を管轄する裁判所とすることに同意するものとします。」との文言が印刷されている(以下「本件管轄条項」という。)。

(三)  右(一)、(二)の事実によれば、抗告人は特段の事情がない限り、書面をもって本件管轄条項につき合意したものと認めるのが相当である。

抗告人は、一般消費者においては契約書の裏面の細かい文字で書かれた約款まで熟読するはずはなく、抗告人が単に本件入会申込書に署名捺印したことをもって管轄の合意をしたものと速断することは非常識である旨主張するが、右主張は、書面を利用した契約における署名の証拠法上の効果につき原則と例外を倒置するものといわざるをえないのであって、直ちに採用することはできないし、その他現段階の資料による限り本件管轄条項の合意を否定すべき特段の事情を認めるに足りない。

そうすると、東京簡易裁判所は、少なくとも当事者の合意による管轄を有するものというべきである。

2  民訴法三一条に基づく移送申立ての当否

(一)  本件管轄条項の意義

(1) 当事者の合意による裁判の管轄については、合意された裁判所にのみ管轄を限定する専属的合意管轄といわゆる法定の管轄を排除することなく、合意した裁判所の管轄との併存を認める競合的合意管轄の両者があり、具体的合意がそのいずれに属するかは当該合意の解釈の問題となるところ、競合する管轄のうちの一つを特定して管轄裁判所とすることを合意し、そのほかの管轄を排除することが明白であるなどの特段の事情がない限り、当該合意は競合的合意管轄を定めたものと解するのが相当である。

(2) そこで、本件について検討すると、本件管轄条項は、前記1(二)のとおり「会員と相手方又はジェーシービーとの諸契約に関する訴訟についての管轄裁判所を相手方又はジェーシービーの本社、支店、営業所の所在地を管轄する裁判所とする。」としているに止まり、いわば抽象的包括的に管轄裁判所を指定しているに過ぎないものであり、およそ競合する管轄の一つを特定して管轄裁判所とする旨を明示するものとはいえない。なるほど、一件記録によれば、相手方の本店が東京都中央区日本橋にあり、また、他に相手方の支店が存在しないものと認められるから、本件管轄条項は相手方の本店所在地の管轄裁判所だけを特定しているかのようであるが、他方、右条項は抗告人と相手方との間の紛争に本来関係のないジェーシービーの本支店所在地の管轄裁判所をも合意管轄裁判所として指定しており、むしろ、会員規約第二五条の相手方とジェーシービーとの業務委託条項との関係で管轄裁判所を付加・拡大する余地を残す趣旨とみるのが相当であって、競合する他の管轄裁判所を排除する趣旨を明らかにするものとは言い難い。したがって、本件管轄条項は、競合的合意管轄を定めるものと解するのが相当であって、抗告人と相手方との間の本件クレジット契約にかかわる紛争についての他の法定管轄を排除するものと認めることはできない。

(二)  移送の当否

(1) 一件記録によれば、抗告人の住所は香川県高松市であることが認められるから、本件訴訟については、抗告人(被告)の普通裁判籍所在地の裁判所である高松簡易裁判所に法定管轄があることは明らかである。

(2) そこで、民訴法三一条に基づき本件訴訟を高松簡易裁判所に移送することが相当であるか否かについて更に判断する。

一件記録によれば、本件訴訟の現段階では必ずしも当事者双方の主張が尽くされている訳ではないけれども、相手方の本訴請求に対し、抗告人は、ギフトカード購入申込みの事実を否認し、その理由として実弟の甲野春夫が抗告人に無断でジェーシービー大阪支店に右申込みをした旨主張しており、本件訴訟の主要な争点としては、本件クレジット契約締結時の事情及び本件ギフトカード申込みの際のジェーシービー大阪支店の担当従業員による申込者と会員との同一性の確認等電話受付手続の過程における具体的な応答内容、右の事実関係を前提とする会員規約第一五条第三項ロ(会員の家族等の会員の関係者によって使用された場合の会員の代金支払義務の不免除特約)の適用の有無が考えられる。しかして、本件クレジットカード契約に基づき発行されたカードを使用する場合には、所定の売上票にカードの署名と同じ署名を行うか又は加盟店に設置されている端末機にカードを挿入し、かつ、登録されている暗証番号を入力することとされており、右の署名又は暗証番号の入力によってカードを使用しようとしている者が会員本人であることの裏付けが取られるものというべきであるから、カードの署名との同一性の確認についてはカードの使用の申込みを受けた側で右の処置をとることにより必要な注意義務が果されたことになるものと解される。これに対し、電話によるギフトカード申込みの際には、会員本人であることを確認する手段として右のカード使用の場合のような確実な手段がないため、申込みの際には疑念を抱かせるような不審な事情があるかないかについても吟味される必要があると解すべきであり、会員本人と申込者との性別の不一致についても右の事情の一要素に含まれると解する余地がある。そして、一件記録によれば、本件訴訟について当事者双方から証人申請が未だなされてはいないが、抗告人においてはジェーシービー大阪支店の担当従業員及び中等少年院に入院中の甲野春夫の証人尋問並びに抗告人本人の尋問が予想され、また、相手方としては相手方の本件担当従業員である高橋護及びジェーシービーの電話受注者の証人尋問が予想されるところ、これらの者のうち右高橋を除く人証はいずれも高松市又は大阪府近辺東京簡易裁判所の管轄区域から遠く離れた地域に居住していること、抗告人が女性の若年労働者である一方、相手方が全国の九〇か所に本支店を擁し十分な資金力を有する新日本証券株式会社と全国に本支店を展開しているジェーシービーとの業務提携に基づき両社による顧客獲得のための営業活動を通して営業利益を上げている企業であること、以上の事実が認められる。

以上のような予想される本件訴訟の争点、証拠方法等に鑑みると、本件訴訟を東京簡易裁判所で審理するときには、抗告人本人にとって応訴のために必要な経費の著しい増大を招き、殊に本訴の請求額と比較して「費用倒れ」ともいうべき著しい損害ないし負担を強いる結果となることは容易に窺える。これに対し、本件訴訟を高松簡易裁判所で審理すれば、抗告人に多大の経費の節約をもたらすことは明らかである反面、相手方にとっては審理のための同裁判所への出頭に要する費用の増大が考えられる程度であるところ(ちなみに、右高橋については、本件クレジット契約締結時又は本件ギフトカード購入申込み時の直接の取次者ではないという点で他の証人に比べて証拠価値が劣ると考えられ、仮にその証人申請及び証拠採用があったとしてもそれに伴う相手方の経費負担増については相手方において甘受すべきである。)、相手方は、新日本証券株式会社及びジェーシービーとの業務提携に依存して本件クレジット契約と同様、全国の消費者との間に多数のクレジットカード契約を締結して有形無形の営業利益を上げている以上、本件訴訟のようなごく例外的な事故事案の際に生ずべき訴訟提起・追行上の経費増等の若干の不利益を見込んでこれを必要経費として計上し原価計算上転嫁しうる立場にあるというべきであるから、相手方に訴訟追行上の経費増大等の不利益が生じたとしても、それによる損害は、抗告人のそれに比べれば、著しいものではないといわざるをえない。

(3) 以上によれば、本件訴訟を高松簡易裁判所へ移送するのが相当である。

3  結論

よって、本件抗告は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 平手勇治 裁判官 髙世三郎 日下部克通)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例